14名を圣人として宣言、教皇による列圣ミサ
教皇フランシスコは、10月20日(日)、バチカンでミサをとり行われた。
ミサ中に行われた列圣式で、教皇は14人の福者を新たに圣人として宣言された。
圣ペトロ広场で祝われたこのミサには、新圣人たちにゆかりの深い国や地方から访れた巡礼団や、修道会関係者が多数访れ、现在バチカンで开催中の世界代表司教会议(シノドス)?第16回通常総会?第2会期の関係者らも参列し、喜びを分かち合った。
このたび列圣された人々は次のとおり。
?マヌエル?ルイス?ロペス(司祭?フランシスコ会士 スペイン1804-シリア1860)と7人のフランシスコ会士同志殉教者、およびフランシスコ、ムーティ、ラファエル?マッサブキの3人の信徒(マロン派)殉教者。シリアのダマスカスで、1860年7月9日から10日にかけての夜、ドゥルーズ派の武力集団により、宗教的憎悪のために杀害された。
?ジュゼッペ?アッラマーノ(司祭?イタリア1851-1926)慰めの圣母宣教会、および慰めの圣母宣教修道女会创立者。
?マリ?レオニ?パラディス(修道女?カナダ1840-1912)シェルブルック圣家族の小さき姉妹会创立者
-エレナ?グエッラ(修道女?イタリア1835-1914)圣霊の献身修道女会(通称圣ジタ会)创立者
教皇はミサの説教で、福音朗読箇所(マルコ福音书10,35-45)、ヤコブとヨハネが、愿うことをかなえてほしいと、イエスに申し出る场面を取り上げられた。
「何をしてほしいのか」(同10,36)、「このわたしが饮む杯を饮み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか」(同10,38)という、イエスがこの二人の弟子に投げかけた问いを示しながら、教皇は、イエスはこれらの言叶を通して、弟子たちがイエスに対して抱いていた绊や期待を明るみに出した、と话された。
実际、ヤコブとヨハネはイエスに结ばれていたが、それは「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」(同10,37)という言叶に见られるように、名誉ある地位や要职を求めるためでもあった、と教皇は指摘。
彼らはイエスをメシアとして认めていても、それは当然、胜利と栄光のメシア像であり、その栄光と権力をイエスと分かち合うことを期待していた、と语られた。
弟子たちの回心を助け、メンタリティーを変えることを愿われるイエスは、「あなたがたも知っているように、异邦人の间では、支配者と见なされている人々が民を支配し、伟い人たちが権力を振るっている」(同10,42)、と注意を促しながら、「しかし、あなたがたの间では、そうではない。あなたがたの中で伟くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい」(同10,43)と教えられた。
このように、爱のために皆のしもべとなることを望まれた神、イエス?キリストに従う者は、伟くなりたいならば、キリストに学び、皆に仕える者とならなければならない、と教皇は强调。
仕えることを学ぶ时、わたしたちのあらゆる関心や、思いやりの态度、优しさの表现は、神の爱の反映となり、こうしてわたしたち一人ひとりが世界でイエスの业を続けていくことになる、と话された。
教皇はこうした光のもとに、人类の激动の歴史の中で、イエスの生き方に従い、殉教や宣教を通して忠実なしもべとして奉仕した、新圣人たちを思い起こされた。
そして、信仰と共に使徒职に励みながら、世俗的な欲望や権力にとらわれることなく、むしろ兄弟たちのしもべとなり、创造力をもって善を行い、困难にもくじけず、死に至るまで寛大であり続けた、その生涯を振り返った。
教皇は、わたしたちもキリストに従って奉仕に生き、この世に希望を証しすることができるよう、新圣人たちに取り次ぎを祈ろう、と皆に呼びかけられた。